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2006年03月24日

国境の町

 2004年4月6日
白保小学校前9:00のバスに乗って石垣空港へ。早々に手続きを済ませ出発ロビーに入る。ここまでくれば、もう大丈夫、乗り遅れようがない。今日こそは間違いなく与那国へ行ける。
ロビーの中から「民宿おもろ」に電話をして予約の確認と送迎を頼んだ。

やがて出発。今回も席は通路側で、「ただいま西表島の上空を通過中です。」のアナウンスが恨めしい。わずか30分のフライト、黒糖キャンディ2個をほおばっているうちに着陸態勢にはいる。10::35定刻に着陸。
 
外に出ると「歓迎」の看板。「国境の町、与那国」を目にしたとたん、ついに果てまで来たんだなーと実感する。同宿する3人を待ち民宿のおかみさんの軽の1ボックスで民宿へ。・・・・でも、軽に5人乗っていいの?きっと国境の町だから許されるのだろう。駐在所の前を通って10分ほどで宿に到着。


与那国には、最も人口の多い「祖納(そない)」、漁業基地である「久部良(くぶら)」、そして最も小さな「比川(ひがわ)」の三つの集落がある。ワタシが泊まったのは祖納である。

今回の旅のきっかけは「Dr.コトー」ののんびり感を味わいたいという軽いものだった。
行くにあたってネットでいろいろ調べていくうちに東崎(あがりざき)と西崎(いりざき)という与那国特有の地名に惹かれていった。
海から太陽が昇る東の岬が「あがりざき」、そして海に日が沈む西の岬が「いりざき」。
この島一つで世界と時間が完結しているのだ。小さな盆地で暮らしているワタシには新鮮な驚きだった。
東に島影はなく西には遙か異国の台湾を望むという。南海の孤島。ここは単なる島じゃなく、きっと一つの国なんだ。イメージはどんどんふくらみ想いは増していった。そして今、この島にいる。民宿の壁に貼ってある島内地図を見ながら感慨にふけった。

石垣島での二日酔い飛行機乗り遅れ事件で滞在はわずか1日(10:35から翌日17:05まで)になってしまったが、とことん島内を巡ろう。
石垣でも思ったのだが、今回の旅はカタロク作りでいい。また訪れるときのための下準備なのだ。  
Posted by ajasuco at 10:01Comments(0)TrackBack(0)与那国

2006年03月20日

マエザト


レンタカーの営業所から宿まで送ってもらう。
戻っていたのは体験ダイビングに参加した鳥取のMさんひとりだけだった。
彼女も今日の海体験をキラキラした目で熱く語る。やはり海を前にして潜らないのはもったいないらしい。ごもっとも。明日こそは与那国の海で潜るぞ。

一日中サーターアンダギーを食べながら走り回っていたのでそんなに腹は減っていない。下の商店でカップラーメンを買って来てすませた。
ヒデさんが見慣れない魚を1匹持ってきた。沖縄名でチヌマン(和名テングハギ)らしい。焼いて食えとのこと。
ベランダにカセットコンロを用意し、4隅に空き缶を立てそのうえに網を置いてニワカキャンプ状態だ。
八重泉を飲みながら魚を焼いていると住人達がポツリポツリと帰ってきた。

今夜の住人は鳥取のMさん(学校の教員25歳♀~明日が2週間の旅の終わり)、千葉のBさん(大学生♂~学校が始まっているにもかかわらず旅の途中)、東京のNさんとKさんのカップル(Nさんは42歳♂雑誌編集者・Kさんは32歳♀とても美しい人~毎日ダイブ三昧だったが明日帰京)、それとワタシ(48歳♂雲助)。ここまでが昨日と同じメンバー。
昨日は10歳年上女房のT夫妻が加わっていた。今日は新規メンバーにQさん(27歳♂流れ者)が加わった。

やがて宴会TIMEになった。
大学生のBさんは疲れているとのことで今日は不参加。
やがて雑誌編集者のNさんの古い友人Sさん(49歳♂元雑誌編集者~東京から石垣島への移住者)が加わり、ヘルパーの女の子2人とヒデさんも上がってきて石垣島の熱い夜が始まったのである。
東京から石垣島へ移り住んだSさんとは、まったく同じ世代なので、大いに話が盛り上がった。年齢は関係ないとはいえ、同じ時代を生きてきた者同士だと安心する。

Sさんは石垣の自然に魅せられて移住してきたわけだが、土地の人になると観光客には見えない矛盾が見えてくるそうである。そこで石垣市の鳥獣保護委員になり、自然保護に微力ながらも力を注いできたのだが、やはり「移住者」という肩書きがついて回るらしい。
農家の人に「保護、保護っていうけど、百姓の立場になって考えて見ろ」といわれ、今年から田んぼを借りて米作りも始めたという。
Nさんが言った。「Sさんの田んぼは展望台の上からでも一目でわかる。ミステリーサークルがあるんだよ。」。
無農薬野生動物保護の立場で米を作っていると、鳥やイノシシに荒らされて稲が倒れミステリーサークル状態になるらしい。
VTRでSさんの土地を見せてもらった。西海岸地区で15000円/坪、プライベートビーチ付き。今はまだ荒れ地だが、次に来たときにはどうなっているかがすごく楽しみだ。

Qさん(27歳♂流れ者)の話も面白かった。
彼は「北の国から」と「Drコトー」に陶酔して島にやってきた。
石垣島に来る前は与那国島でサトウキビ刈りの援農青年だったらしい。そしてその前は、羅臼で鮭漁にも関わっていたという。あまりにもストレートすぎて笑ってしまいそうだが、若さの特権を十分生かし切っていてうらやましかった。
信じることがすべてで、疑いを持ち始めたならば彼の旅は終わってしまう。若者は真っ直ぐがいいねえ。
ただ・・・・、Tシャツの背中にメッセージを表現するのはやめようよ。「いつまでも、素人でありたい」。
気持ちはわかるけれど、人に向かって言っても何の意味も持たないと思うんだ。

わずか2晩の石垣の宿だったが、同宿した人たちはワタシと同じようにバースデー割引を利用して来島してきた人が多い。仕事も年齢も違うが誕生日が近い見知らぬ者同士が集まる・・・・考えて見りゃ、航空会社も粋なことをやってくれるね。
「来年もバースデー割引を利用して石垣に来たら、同じメンバーが集まって酒を飲み交わすのかもね。」誰か言い出したのかは忘れてしまったが、そうなったら素敵なことだと思う。
でも、「○月×日に集まろう」なんて無粋な約束はしない。旅の途中でたまたま出会った者同士が酒を酌み交わせばいいのだから・・・・。

宴は前夜と同じく深夜まで及んだ。明日こそ乗り遅れないぞ。9:00のバスに乗るぞ。
泥になった。  
Posted by ajasuco at 15:44Comments(1)TrackBack(1)石垣

2006年03月20日

石垣島一周ドライブ その2


島の北西部を離れて来た道を戻る。今度は北に長く延びた地域を探訪することにした。県道79号線をひた走る。川平湾を過ぎた小高い丘の上に小さな展望台があった。行くときは海の方ばかり見ていて見逃したらしい。
ここから見た川平湾は素晴らしかった。周りは農地でトラクターが動いていたりするのだが、喧噪のない風景は良かった。

行く手の左側はずーーーっと海。どこを見てもコバルトブルーの海。正直言って飽きてしまったので、今度は右手の山の方を眺めながら車を走らせた。小さな橋があり側の駐車場に車を停めた。
ここは「吹通川のヒルギ群生地」で天然記念物に指定されているとのこと。いわゆる、マングローブの森である。この時は干潮だったので半水没する森は見られなかったが、河原に降りていくとカニが数え切れないくらい逃げまどっていた。
市街地から白保に行く途中の宮良川のマングローブも見事だったが、ここの方がずっとスケールが大きい。
いつかゆっくり散策してみたい場所である。


石垣島最北端を目指して県道206号線を走る。
リーフに囲まれた穏やかな入り江が見えてきた。誰も人がいないプライベートビーチである。
波ははるか遠くの珊瑚礁で砕け、エメラルドからコバルト色のグラデーションの海である。
昔北海道を旅したときに留萌付近で見た海の色も忘れられないが、南国の海の色は格別に素晴らしい。
どっから降りるんだろう?いつか素っ裸で泳いでみたい。

石垣島最北端の平久保崎灯台に到着。
ここの景観はマジ素晴らしい。
灯台へ降りる階段と逆の急坂を登ると灯台を見下ろす小高い丘の頂上に出る。360度の大パノラマ。
正面には珊瑚礁に囲まれたエメラルドグリーンのラグーン。振り返れば東シナ海側の珊瑚礁の広がり、遠くには西表らしき山陰。陸側には牧草地が広がる農村風景、牛がのんびりと草をはむ姿も見える。
『絶景』とはこういう景色なんだろう。
時間を忘れて景色に見入ってしまった。石垣島での一番の(陸上)ビューポイントであること間違いなし。遠くまで走って汗をかきながら丘を登った苦労なんて吹っ飛んでしまう。
 

素晴らしい景色で満腹状態。ゲップが出るほどだ。
後は戻るだけと県道390号線を南に走る。太平洋と東シナ海をまたぐ平久保半島の狭いくびれを過ぎるとまもなく「玉取崎」の展望台があった。ここは観光バスがくるほどの名所らしいが、バスはおろか人っ子ひとりいない。
この場所も独り占めである。ここで見る東海岸の海の色も格別だった。
展望台へ向かう道にはハイビスカスが咲き誇っていた。ハイビスカスにもいろんな種類があり、色も赤・ピンク・オレンジと様々である。本土では滅多に見られない花なのに、ここでは至る処に咲いている。南国なんだなーと実感した。
白保のマエザトの前を通り市街地へ向かう。レンタカーの返却時間まで後1時間半。
さーて、どこ行くべ。


石垣市街地の北、バンナ岳に自然を生かした広大な公園、バンナ公園がある。園内には散策路のほかに遊具場、ピクニック広場、展望台、蝶園などいろんな施設がある。カンムリワシやヤエヤマオオコウモリやリュウキュウイノシシ、セマルハコガメなども生息しているそうである。時間は残り少ないが、とりあえず車で1周して展望台だけでも登ろうと急いだ。
公園内は舗装された散策路はあるものの、亜熱帯の植物が生い茂りナイチャーから見ればジャングルである。そして所々に「ハブに注意」の看板。そういえばハブのことを忘れていた。急に怖くなり足取りも速くなる。
ここは面白いフィールドだ。きっと1日いても厭きないだろう。再訪を誓って泣く泣く市街地に戻った。

燃料を満タンにしてレンタカーの営業所に戻ったのは約束時間の5分前、18:55だった。走った距離は180Km余り。6時間で石垣島を忙しく3/4周したわけだが、次回訪れるときの下準備はできた。自分の中に石垣島のガイドブックを作ったのである。
市販されているガイドブックを持って巡るのも効率のいい旅かも知れないが、2回目に向けての下準備の旅も楽しい。今度はポイントを定めてゆっくり廻るつもりである。どだい1日や2日で観光しようというのが無理なのだ。
 
待ってろよ、石垣ーっ!


  
Posted by ajasuco at 15:32Comments(0)TrackBack(1)石垣

2006年03月19日

石垣島一周ドライブ


市街地にあるレンタカーの営業所から国道390号線を白保の方へ戻りホットスパーのY字路を北へ県道209号線へ。石垣島を縦断し北の海岸線へ向かった。
県道87号線に合流し於茂登トンネルの手前の展望台から底原ダムを望む。
島の道路は標識もしっかりしており、レンタカーの営業所でもらったガイドマップだけで迷うことなく走れる。なによりも車が少ない。快適なドライブである。
海沿いに走る県道79号線を西へ。石垣島随一の景観地の呼び名が高い「川平湾」に出る。
砂浜は白く、波は穏やか、水の色はサンゴの状態で玉虫色に変わり・・・・たしかに美しい。だが・・・・。
土産物屋の幟がはためき、駐車場は観光バスの出入りでごった返し、グラスボート屋の拡声器はがなりたてる。老若男女の観光客でひしめき合っていた。なんとなく、地元裏磐梯の五色沼を思い出した。
ワガママだが、美しい景観に一番似合わないのは人の群れであると思った。
こんなところは早々にオサラバである。


県道79号線から狭い道に入り川平石崎を目指す。
途中で見つけたのが「底地-すくじ-ビーチ」。
でいごの巨木がある広い駐車場には車が一台もいない。
浜は引き潮で遠くまでサンゴの原が広がっていた。遠くに石崎を望み、ダイビングツアーのボートらしきものが浮かんでいるだけである。
聞くところによるとここの沖はマンタの出現ポイントらしい。次回は絶対にダイブやるぞー。

先端大好き症候群のワタシは遠くに見える白い灯台目指して車を走らせた。到着したのが「御神崎」だった。
荒々しい岩礁とサンゴが創り出す海の色合いは自然にしか出せない微妙さだった。
テッポウユリがそこら中に咲いており、遠くには西表島の島影が見える。お陽様は頭の上だが、方角的にきっと夕暮れ時には絶好の夕日ポイントになるに違いない。
なかなかのお気に入りポイント。
なにしろ半日で石垣島を全部見てやろうという無理な計画である。
感傷に浸る時間を惜しみつつも先を急いだ。  
Posted by ajasuco at 15:28Comments(0)TrackBack(0)石垣

2006年03月17日

乗り遅れ

7時、宿のヘルパーさんに「朝食ですよー」と起こされる。頭の芯には軽い酔いが残っている。インスタントコーヒーを飲み眠気を覚ましてから1階の食堂へ。
朝食はアーサー汁(干潮時に岩場に着いた濃い緑色のアオサを使ったスープ)+シークヮーサージュース。
二日酔いの朝はほとんど食欲がないはずなのだが、丼にてんこ盛りのご飯を平らげてしまった。なんでだろ?
今日も元気だ。ご飯が美味い!

朝食を食べてしばらくボーッとしていたら朝のスノーケリングに参加した人たちが帰ってきた。満潮時にしかボートが出せないので早朝から潜ってきたのだ。それにしても元気な奴らだ。
しばらく海の話で盛り上がり、ふと時計を見ると9時を少し回っていた。与那国便は10時05分発!あわてて荷物を作ってバス停へ。日本一の白保小学校前でバスを待ったのだが、1時間に2本しかない。次は9時30分。マジ、ヤバイかも?

バス停のベンチに座っていたらよく日に焼けたオジィが寄ってきた。
「あんたー、内地の人かー?」
「ワシはこれから病院へ薬をもらいに行くんじゃが、どこに泊まったん?」「あそこ、マエザトです」
「マエザトの息子は面倒見がいい」
「ところでアンタ、土地買わんか?」
思わぬ話の展開にビックリしつつも続きを聞いてみると・・・・バス通りから海側の土地は\20000/坪、内陸側は\30000/坪。土地を離れる人が増えてきて内地からの移住者歓迎とのこと。オジィの息子は池袋で印刷業をやっている。家を買うのに5千万の借金をした。ここで5千万もあったら死ぬまで遊んで暮らせる。息子は馬鹿だ。ワシは漁師だが、ひとり暮らし。死んだら誰も住む者がおらんようになる。そんな者がここにゃいっぱいいる。・・・・だから土地買って移って来い。こんな内容だった。
あながち夢物語ではない。身辺整理を付け、こっちに住むのも悪くない。マジで考え込んでしまった。

バスは空港前へ。ここで下車。しかし空港までが思ったより遠い。ダッシュ!ひたすら走った。日頃の運動不足を悔やんだ。
汗だくで出発カウンター到着。与那国便は離陸はしていないものの出発手続きは終了していた。

そんなこんなで白保に戻ることになった。
スノーケリングツアーのことを聞くと、満潮時間の関係で今日は朝の1回だけとのこと。まるまる1日時間が空いてしまった。
天気は申し分なし。さーて何をしよう?
宿でガイドブックやパンフを見てレンタカーを借りることにした。島内観光巡りである。さっそく電話して宿まで迎えにきてもらった。
車種は一番安いスズキアルト。料金は6時間で4000円(割引クーポン利用)ちょっとだった。  
Posted by ajasuco at 11:40Comments(0)TrackBack(0)石垣

2006年03月15日

マエザトの夜は更けて


2階でそれぞれの今日の出来事を話す。やいまの旅はひとり旅が多いので少しも気後れすることはない。女の子のひとり旅も珍しいことではない。そして、みんなかなり長いスパンで旅をする。うらやましい限りである。石垣島をベースキャンプにして周辺の島巡りをする人が多いのである。「う~ん、もっと若かったら・・・・」などというと、「今からでも遅くはないですよ」と焚きつけられる。その気になってしまった。
21時頃になるとヘルパーのねーねーがテーブルにグラスと氷を並べ始める。宿の主人「ヒデさん」とヘルパーのおねいちゃんも交えて酒席の開始である。「さしつさされつ」などという野暮なしきたりはない。相手のグラスの中など気にせず自分の飲みたいだけ酒をつぎ飲みたい酒を飲む。強制はせず自己責任での自由参加。明日早い者や体調の悪い人は自分の意志で部屋に戻る、大人の宴会である。
硬派な酒飲みのワタシは地元の泡盛「八重泉」のストレート。ロックで飲む人もいれば、シークヮーサージュースで割る人もいる。泡盛の一升瓶がたちまち空になる。ちなみに毎夜続けられるこの酒席はすべてが無料、飲み放題。これで1泊2食付き¥4500。素泊まりならば¥3000。クーラーと洗濯機は無料。天国のような宿なのだ。
旅の情報交換やいっぱしの人生の話などで大盛り上がり。時間はどんどん過ぎて行く。

海に潜ってきた人たちは全員が目をきらきら輝かせて素晴らしさを語る。コブシメの産卵を見た!マンタを見た!そりゃあ楽しそうだった。
40歳くらいのオバサンが言っていた。「あなた、竜宮城ってほんとにあるのよ。」彼女は泳ぎもできず海に入るのも何10年振りだという。ライフジャケットを付けて海面からシュノーケリングで水の中をのぞいただけだが、その感激のしようは痛いほどわかった。今回ワタシは何の準備もしてきていないが、明日は水中マスクだけでも借りて潜ってみようと思った。
 「そこに竜宮城があるのよ。」その一言が決心させてくれたのである。

日付が変わって2時頃になっただろうか、「じゃあ、明日も早いから・・・・」めでたくお開きとなった。そして泥のように眠るのである。
明日はいよいよ与那国だ。夢も見ずに眠りについた。  
Posted by ajasuco at 12:54Comments(0)TrackBack(0)石垣

2006年03月14日

マエザト

白保にあるこの民宿との出会いが、その後の沖縄行きに拍車をかけた。
民宿の1階は雑貨屋(この近所では唯一の商店)と食堂になっている。そういえば朝からなにも食べていない。猛烈に腹がへってきてソーキソバを注文する。
小麦粉100%の麺をソバっていうの?と思いながらスパゲッティのような腰の強いソバをすする。ソーキというのは豚のアバラ肉を柔らかく煮込んだもので、麺の上にスペアリブが乗っているようなもの。
本土ならば七味唐辛子を振るのだが沖縄地方ではコーレーグースーをたらす。コーレーグースーはどこの料理屋に行っても自家製(島とうがらしを泡盛に浸けたもの)がテーブルに置いてある。辛いもの大好きなワタシには欠かせない調味料になった。土産に大量に買い込んではきたのだが、生の島とうがらしが欲しくて市場を歩いたが残念ながら節ではないらしく瓶詰めで我慢。

民宿のロビー(?)。手前がベランダでこのロビーを囲むように冂型に部屋がある。
まだ誰も帰っておらず、自室でしばし昼寝。
19時を過ぎると島内に散らばっていた人たちが戻ってくる。「お帰りー、何してきたの?」の会話が飛び交う声で起き出し、話の輪に入る。人見知りしない性格は得である。たちまち旧知の間柄のように話が弾んだ。
石垣の街を歩いてきた人、竹富島や西表島へ行ってきた人、ダイビングをしてきた人、旅の目的は様々である。

夕食には下の食堂に降りる。
まずはムラサキイモとエビの天ぷらをつまみにオリオンビール。
ナカミ汁(ホルモン)にはたっぷりのネギとおろしショウガ、そしてコーレーグースーを入れて食べる。
刺身は緑色のウロコの白身魚。コリコリと身が締まっていて大変おいしい。だが生前の姿を見てかなりビックリ!何となく初めに見なくって良かったなーと思う。イブラチャーという魚とのこと。地元の人は刺身もコーレーグースーで食べるらしいが、やっぱり刺身はわさび醤油の方がおいしかった。
未体験の食べ物を食べるのは楽しい。好き嫌いがなくって良かったとつくづく思う。
夜食と酒のつまみ用にサーターアンダギー(表面がサクサク中がふんわりとしている球形のドーナッツのようなもの)と海ぶどうを買って2階へ戻る。
海ぶどうは不思議な食べ物で、海草に魚の卵が付いているような形状なのだが、口の中でのプチプチ感がたまらない。食べ方のコツはドレッシング(シークヮーサー醤油がベスト)に一房ずつ浸して食べる。上からタレをかけるのは邪道で、プチプチが萎んでしまうのである。
この2つはすっかりワタシのお気に入りになった。  
Posted by ajasuco at 12:53Comments(0)TrackBack(0)石垣

2006年03月13日

はじめての「やいま」

それはアホみたいな動機だった。突然ドラマにはまり、『北の国から』と『ドクターコトー診療所』を一気に全作品見た。黒板さんちの過酷な生活よりはコトー先生ののんびり感に惹かれてしまった。
例年の恒例になっていた超割利用の札幌の旅を与那国島への旅に即刻変更。しかし石垣~与那国の予約が取れない。ならばバースデー割引を利用して・・・・めでたく初めてのやいま行きが実現できたのだ。

2004年4月4日

西の吾妻連峰はまだ深い雪に。桜も蕾が堅く、春まだ遠からじ・・・・って感じ。
空港まで車を走らせる間も南の島へのワクワク感はいっそう高まる。

福島-那覇はほぼ満員。ミーハーなワタシは通路側の席でご機嫌ななめ。空の上から富士山が見られると思っていたのに・・・・。

那覇で石垣島行きの飛行機に乗り換える。今度は窓側。「おおっ!海の色が違う」「珊瑚礁だ!」まるで子供のように窓にホッペをくっつけていた。
石垣空港に降りると宮里藍ちゃん顔の濃い顔をした出迎えのオキナワンがいっぱい。ダイブ目的なのか大きな荷物を持った若者と団体旅行のおばちゃん達がひしめき合っていた。

空港前を見渡したがバス停らしきものが見つからない。バスはホテルの送迎のものばかり。奮発してタクシーで白保の民宿・マエザトへ向かった。
石垣市は思ったよりも大きな街で離島情緒はどこにもない。ちょっとがっかり気分の車中だった。
白保地区に宿を選んだのには訳がある。新飛行場建設で白保地区の世界一の青珊瑚が問題になったのを覚えていて、石垣ならば白保地区と決めていたのである。
民宿に到着。人の気配がしない。皆それぞれの目的地に散らばっているのだろう。とりあえずは荷物を置いて近所を散策に出た。

宿の隣は白保小学校と幼稚園。
子供達が野球をやっていた。
でいごの花が咲き校庭は緑の芝、日本で一番すてきな環境の小学校だと思った。
近くには世界一の白保の海、こんなところで育ったら、とても悪人にはなれないな。教育には環境こそが一番なのかも知れないなあ・・・・つくづく白保の子供達をうらやましく思った。

珊瑚の石垣と赤瓦の民家が並ぶ小道を海岸に向かって歩いていくと「白保サンゴ村」がある。水族館のような施設と思っていたら大間違い。観光気分からはかけ離れた学術的なものだった。
それもそのはず、ここはWWFが運営していて『自然保護』が唯一のテーマなのである。入り口で署名をし中に入ると活動の記録のパネルと書籍、地域のとともに保護活動を進める資料でいっぱいだった。
近所の子供達だろうか、図書室で絵を描いている。まったくこの地域の子供達は幸せ者である。

海岸に出る。あいにく引き潮。それも大潮。
波打ち際ははるか沖。むき出しにされたサンゴが一面に広がっている。
所々に大岩が転がっている。これは津波岩といって、大津波の時に運ばれてきたものが残っているそうである。
浜はジャリで覆われていて歩きにくい。真っ白な砂浜を想像していたのに、ちょっと残念・・・・と思って足下を見てみると、ジャリや小石だと思っていたのはすべてサンゴの欠片だった。
太古からの自然の営みなどを考えてセンチメンタルな気持ちになった。  
Posted by ajasuco at 15:17Comments(0)TrackBack(0)石垣

2006年03月13日

はじめに・・・

ブログってなに?
興味本位で始めてみました。
どうせ書くなら好きなオキナワのことを・・・ならば「てぃーだ」でしょう。
こんな気楽な気持ちからのスタートです。

HP「風に吹かれて」からの転載が多くなると思いますが、50歳代突入寸前男が見たり聴いたり食ったりしたオキナワです。

2004年に初めて沖縄に行ってから今まで7回訪れています。
今アップしている記事は、2004年4月4日~8日までの4泊5日、初めての沖縄旅行、石垣島~与那国島を旅したものです。  
Posted by ajasuco at 11:15Comments(0)TrackBack(0)はじめに